▼ 腐り姫
腐り姫〜euthanasia〜
ブランド:Liar-soft
企画:星空めてお
ストーリー:(オフィシャルページより転載)
父親と妹が怪死を遂げ、記憶喪失となった主人公は、義母に連れられ、故郷の町へと戻る。そこで主人公は蔵女(くらめ)と呼ばれる、深紅の着物の少女と出逢う。
少女は自分の妹に瓜二つだった。
取り巻く家族や友人たちは、うわべでは彼の回復を望みながらも、罪の意識を心に潜ませている。蔵女はそんな人々の隙に取り入り、甘美な肉欲と狂気を与え、身も心も崩壊させていく。
記憶と現実の境界が揺らぎ、喪失感と、蘇る恐怖との狭間に葛藤しながら、やがて全ての記憶を取り戻し、赤い雪が降り積もるなか、世界が死の静寂に包まれるまでの4日間。
ここから考察↓
![]() | 腐り姫 |
ブランド:Liar-soft
企画:星空めてお
ストーリー:(オフィシャルページより転載)
父親と妹が怪死を遂げ、記憶喪失となった主人公は、義母に連れられ、故郷の町へと戻る。そこで主人公は蔵女(くらめ)と呼ばれる、深紅の着物の少女と出逢う。
少女は自分の妹に瓜二つだった。
取り巻く家族や友人たちは、うわべでは彼の回復を望みながらも、罪の意識を心に潜ませている。蔵女はそんな人々の隙に取り入り、甘美な肉欲と狂気を与え、身も心も崩壊させていく。
記憶と現実の境界が揺らぎ、喪失感と、蘇る恐怖との狭間に葛藤しながら、やがて全ての記憶を取り戻し、赤い雪が降り積もるなか、世界が死の静寂に包まれるまでの4日間。
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考察:
腐り姫
作品は尾瀬、神岡鉱山、尾道、その他軽井沢、伊根、その他複数の街をモデルとした架空の街とうかんもりが舞台となっている伝奇・伝承を基盤としたインモラルホラーADV。死んだ妹にそっくりの赤い着物を纏った少女、蔵女を中心に不気味に蠢く物語の中心には和姦でも背徳感のある近親相姦が据えられている。さらには主人公のあずかり知らぬところで秘匿されている何かを持つ周りの人間たち。複雑に交錯するそれら人間の奥底にある性悪説的な疼きを何度も繰り返し、しかし複雑に交錯さえないことで醜くも耽美に描くのはナチュラルな文才を持つ星空めてお氏。それを補うでなく強化するグラフィックには腐り姫の世界観にうまく溶け込んでいる中村哲也氏。また立ち絵での補強を出来る限り少なくし背景での変化を多く用いたり画面下部に字幕のようにテキストを表示する事で映画的な演出を試みている。これは蔵女の存在感の大きさがうまく表現されている中々に斬新な手法である。
ループモノとしてイメージするとしてはYU-NOよりもK・グリムウッドの小説「リプレイ」のほうがゲーム性の相違、排除性からしっくりくるかもしれない。
後半の怒涛の流れはグラフィックよりもなによりも人を選ぶ本作品最大の賛否両論ポイントである。
好きな人は好きであるし、嫌いな人は嫌い。
否定側の意見に多いのは「何が言いたいのか」ということ。
そもそも万人が明確な意味を作品から汲み取れる作品というのが過去の名文学なるものに存在するだろうか。真理は1つではないという見地からジャンルの違いを反論に出すならば腐り姫にはどんなジャンルが当てはまり、またそのジャンルの枠内での他作品が「何が言いたいのか」を説明できるだろうか。数多いジャンルのなかにはそんな「何が言いたいのか」がわからない作品がたくさんある。何も言いたいことはないということが言いたいことかもしれない。言いたいことを簡単に分かって欲しくないのかもしれないし単純に言いたくないのかも知れない。
それを判断するのは他者でも製作者でもなく自身でしかないのだから(ソレに対する批判もお門違いであるが…)物語のコアを「何が言いたいの?」と否定するなら、それはその人がその物語から感じたことであると納得するべきで・・・ある…。
とても惨たらしい言葉の羅列であるがハマルひとには日本からブラジル辺りに突き抜けている穴にハマルくらい好きになっちゃうということを純粋に言いたかっただけです。
自称耽美主義者にはオススメできる一本。
現在、何気に豪華な対談やオリジナルミニシナリオを同梱したムック本「腐り姫読本〜赤雪腐爛草紙〜」の復刊を切に願っています。
腐り姫
作品は尾瀬、神岡鉱山、尾道、その他軽井沢、伊根、その他複数の街をモデルとした架空の街とうかんもりが舞台となっている伝奇・伝承を基盤としたインモラルホラーADV。死んだ妹にそっくりの赤い着物を纏った少女、蔵女を中心に不気味に蠢く物語の中心には和姦でも背徳感のある近親相姦が据えられている。さらには主人公のあずかり知らぬところで秘匿されている何かを持つ周りの人間たち。複雑に交錯するそれら人間の奥底にある性悪説的な疼きを何度も繰り返し、しかし複雑に交錯さえないことで醜くも耽美に描くのはナチュラルな文才を持つ星空めてお氏。それを補うでなく強化するグラフィックには腐り姫の世界観にうまく溶け込んでいる中村哲也氏。また立ち絵での補強を出来る限り少なくし背景での変化を多く用いたり画面下部に字幕のようにテキストを表示する事で映画的な演出を試みている。これは蔵女の存在感の大きさがうまく表現されている中々に斬新な手法である。
ループモノとしてイメージするとしてはYU-NOよりもK・グリムウッドの小説「リプレイ」のほうがゲーム性の相違、排除性からしっくりくるかもしれない。
後半の怒涛の流れはグラフィックよりもなによりも人を選ぶ本作品最大の賛否両論ポイントである。
好きな人は好きであるし、嫌いな人は嫌い。
否定側の意見に多いのは「何が言いたいのか」ということ。
そもそも万人が明確な意味を作品から汲み取れる作品というのが過去の名文学なるものに存在するだろうか。真理は1つではないという見地からジャンルの違いを反論に出すならば腐り姫にはどんなジャンルが当てはまり、またそのジャンルの枠内での他作品が「何が言いたいのか」を説明できるだろうか。数多いジャンルのなかにはそんな「何が言いたいのか」がわからない作品がたくさんある。何も言いたいことはないということが言いたいことかもしれない。言いたいことを簡単に分かって欲しくないのかもしれないし単純に言いたくないのかも知れない。
それを判断するのは他者でも製作者でもなく自身でしかないのだから(ソレに対する批判もお門違いであるが…)物語のコアを「何が言いたいの?」と否定するなら、それはその人がその物語から感じたことであると納得するべきで・・・ある…。
とても惨たらしい言葉の羅列であるがハマルひとには日本からブラジル辺りに突き抜けている穴にハマルくらい好きになっちゃうということを純粋に言いたかっただけです。
自称耽美主義者にはオススメできる一本。
現在、何気に豪華な対談やオリジナルミニシナリオを同梱したムック本「腐り姫読本〜赤雪腐爛草紙〜」の復刊を切に願っています。
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